ワルシャワ音楽院に入学し、「マズルカ風ロンド」を作曲
1826年7月、ワルシャワ高等中学を卒業したショパンは、9月にワルシャワ音楽院に入学しました。
ワルシャワ音楽院は1822年からショパンの音楽の先生であったエルスナーが設立し院長を勤める学校です。
ショパンはワルシャワ音楽院で「マズルカ風ロンド」を作曲しました。
この「マズルカ風ロンド」は、1824年に過ごしたシャファルニャ村での思い出が色濃く繁栄し、ポーランドの古い音楽・民族的な作風となりました。
ちなみに、マズルカとはポーランドの民族舞曲のことで、19世紀の舞踏会で流行りました。
マズルカはショパンの作品の中でも多く、59曲もあります。
ロンドとは舞曲(ダンス曲)の1つで輪舞曲とも言われます。






