ポーランドを去る決意、祖国での最後の演奏会

ポーランドを去る決意、祖国での最後の演奏会

ポーランド国内が混乱をきたし、いつ独立運動が起きてもおかしくない状況になってきたので、ショパンは周りの勧めるとおりポーランドを去る決意をしました。

ポーランドを去る決意をしたショパンは、旅立つまでに多くの曲を作曲しました。

そして、1830年10月11日、祖国ポーランドでの最後の演奏会を開きました。

この演奏会には、ショパンの初恋の女性・コンスタンツィアもゲスト歌手として参加してくれました。

ショパンはこの最後の演奏会で、新作「協奏曲 ホ短調」をはじめて披露し、コンスタンツィアはロッシーニの「湖上の美人」からカヴァティーナ(オペラの中の独唱曲)を歌いました。

こうして、祖国最後の演奏会も大成功をおさめました。

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アシュケナージ(ウラジミール)
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