「芸術の都」フランスのパリに到着
ウィーンから旅だったショパンは、1831年9月末にフランスのパリの到着しました。

フランス・パリはオースリア・ウィーンと違い、ポーランド人のショパンを快く受け入れてくれました。
ポーランド人も多く住んでいたので、祖国ポーランドの情報もたくさん入ってきました。
そして、ショパンはパリで多くの有名な音楽家や芸術家、そして貴族と知り合うことになりました。
その結果、自身の音楽性を高めるとともに、音楽家として地位も築くことができました。
パリでショパンが親しく交友を持った音楽家・芸術家には次のような人々がいます。
フランツ・リスト
1811〜1886年
ハンガリーの作曲家
超絶技巧のピアノ演奏が人気で「ピアノの魔術師」と呼ばれ、貴族のサロンでも大人気だった音楽家。
ショパンはパリに着くと、リストとはすぐに仲良くなった。
ハイネ
1797年〜1856年
ドイツの詩人
ショパンと同じ1831年にフランスの7月革命に影響を受けてパリに移住。
祖国ドイツの革命を臨んだハイネは、祖国ポーランドを思うショパンを理解できた人物。
メンデルスゾーン
1809〜1847年
イタリアの作曲家
ショパンとの始めての出会いは1828年のドイツ・ベルリン旅行の時でした。
カルクブレンナー
1785〜1849年
ドイツの作曲家
ロッシーニ
1792〜1868年
イタリアの作曲家
ケルビーニ
1760〜1842年
イタリアの作曲家






