チェコのカールスバートで両親と再会
1835年8月15日、ショパンは両親と久しぶりの再会を果たしました。
ショパンがポーランドを出たのは1830年11月2日なので、実に4年10ヶ月ぶりの再会です。
両親と再会した場所は、チョコの温泉保養地カールスバートという街でした。

なぜ、ポーランドの隣国チェコで再会したかというと、パリにいるポーランド人はロシア大使館で旅券(パスポート)を更新する命令が出ていたのですが、ショパンは更新しませんでした。
その結果、旅券が無効になってしまい、ポーランドへは帰れなくなってしまったからです。
そこで、ショパンの両親がポーランドの隣国チェコまで出向いてくれたのです。
ショパンは両親とカールスバートで約3週間を一緒に過ごしました。
この時、ショパンが両親と再会できた喜びを表して作った曲が「華麗なる円舞曲 変イ長調 作品34-1」と言われています。
そして、残念ながら、これ以降ショパンと両親は会うことができませんでした。





