フランスのノアンに移り住む
1839年6月、ショパンとジョルジュ・サンドはマヨルカ島からフランス中部のノアンという街に移り住みました。

ノアンにはサンドの別荘がありました。
サンドがノアンの別荘にもプレイエルのピアノを運ばせていたので、ショパンはここでも思う存分、作曲活動に打ち込むことができました。
そして、ノアンの豊かな自然のおかげで、ショパンの体調も徐々に良くなり、素晴らしい作品を次々と生み出しました。
「マズルカ(作品33)」
「ノクターン(作品37)」
「ソナタ第2番 変ロ短調 葬送(作品35)」
「スケルツオ第3番嬰ハ短調(作品39)」
「バラード第2番ヘ長調(作品38)」
「軍隊ポロネーズ(作品40ー1)」
「ポロネーズ 変イ長調 英雄(作品53)」
「ワルツ変ニ長調 子犬のワルツ(作品64−1)」
などなど。
翌年、1840年から1843年にかけて、ショパンとサンドは春から秋はノアンで、冬はパリで過ごすようになりました。
スペイン・マヨルカ島とフランス・ノアンでの時代が、ショパンの演奏家としての黄金時代と言われています。





